内山安雄のアジアンな日々

奨学金制度を主宰する職業作家、内山安雄の主戦場であるアジアの話題を中心に

文春オンライン

「文春オンライン」で記事をチェックしていたら、いきなり内山安雄の名前が登場!

何事かと思いきや、ルフィがらみのネット記事でした。以下のようなーー。

よもやこんなところに出ているなんて知りませんでした、呑気、アハハハハ。

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  https://news.yahoo.co.jp/articles/c4ad18372cc261261e25bb0c160a65ea8ca67e23?page=2

 

 

「ルフィ」はなぜ凶悪犯罪を指示できたのか…ニッポンでは報じられない悪名高き“フィリピン入管収容所の全貌”

 

文春オンライン

 

 フィリピンに滞在する外国人の間で、入管は長らく悪名高い組織だったことは事実だ。

 

20年前、無実の罪で拘束された日本人男性の末路

「樹海旅団」などフィリピンを舞台にした作品が多数ある作家の内山安雄氏は以下のような事件を記憶している。20年ほど前に日本人男性が入管に拘束されたケースだ。 

 

「マニラのマラテ地区でラーメン店を経営していた知人の日本人男性が突然、入管に拘束された。その男性にはフィリピン人の妻がおり、ビザには問題なかった。しかし、その妻が男性を『ペルソナ・ノン・グラータ』(好ましからざる人物)として入管に告発したんですよ」

 

 ペルソナ・ノン・グラータは、外交関係に関するウィーン条約に規定されている当事国の権限で、理由を開示することなく一方的に「好ましくない」外国人を国外退去処分などにできる。

 

 この発動は通常、テロリストやスパイ容疑者らが対象だが、フィリピン入管は家庭内問題でも発動していた。

 

「その妻が男性を入管に訴えた理由は男性の浮気でしたが、それも本当の理由ではなく、妻とその愛人のフィリピン人男性がグルになり、日本人男性を強制送還してラーメン店を乗っ取ろうとしたためでした」(内山氏)

 

 男性は入管収容所内から事実無根を訴え続け、後に釈放されるが、ラーメン店は最終的に手放すことになったという。

 

 筆者も1990年代初め、まだマニラの旧市街にあった入管収容所を訪れた際「浮気を理由に妻に告発され、収容された」という日本人男性に会ったことがある。当時の収容所は一室8畳間ほどの広さ。下水や排泄物の臭いが漂う薄暗い場所に複数の日本人を含む十数人の外国人がいた。そこは人間の収容所というより動物の檻のようだった。

 

懐かしのガイドさん

四半世紀も前に内戦中のカンボジア取材で複数回お世話になった、我が人生最高のガイドのケアンさん、早朝から深夜まで常に一緒、弟のように遇し、仕事を紹介するなどして付き合っていました。が、突如音信不通になり、その後ずっと探し求めています。

写真の1枚目がかつてのケアンさんです。

コロナ禍の前には20年間、何度もプノンペンであやふやな記憶を頼りに彼の家を探したのですが……。

fbにひょっこり顔を出すのでは、と期待して幾星霜。ついに発見!!!!!

名前がKheanだとばかり思っていたのですが、30分前にfbでKheangが本名と判明!!

あの貧しかった少年が、今や貿易会社やオートバイと車のディーラー、他にも文房具&玩具店などを経営する実業家に、そして嬉しいことに篤志家になっているなんて。そのケアンさんに再会できるか!?  会えるならば今すぐにも!

 



病弱な超優等生が奨学生になりました

8歳のフィリピン人少年、小学校3年生、今期の全教科の平均点がジャスト90点、超優等生を内山アジア教育基金に迎え入れました。祝祝祝祝!

4歳で父親を亡くし、本人は病弱、つい最近まで気管支肺炎を患って入院していました。

現地教育関係機関より、極貧家庭との報告あり。

頑張れよ、末永く応援するから。

 

 

ブタの丸焼きゴロゴロのパーティ!

内山アジア教育基金の主戦場であるセブ島での最大級のパーティ、現在の奨学生はもちろんのこと、過去の奨学生も、その家族、基金の関係者を招待して間もなく開催となります。200人超え!? 

メイン料理はフィリピン名物のブタの丸焼き、会場のそこらじゅうにゴロゴロです。

主宰者・内山安雄特別提供のお土産も大量にあります。祝祝祝祝!

 

 

古い知り合い

ウチヤマと一緒に写っている写真下段左端の19歳の娘さん、私が毎年春先に長逗留していたセブ島のビーチホテル内のコテージ付きのお手伝いさんです。

その彼女の息子さん、超優等生の小学生が、内山アジア教育基金の奨学生になったばかりです。

懐かしい写真を送ってくれたお母さんが言うには、「ウチヤマ先生、今も昔も態度、生き方、ちっとも変わらないんですね。昔うちのホテルに滞在していた当時、どんな時も朝から晩までいつも笑っていて、我々に冗談ばかりいうお客さんでした」

そうでしたか、アハハハハ、ありがとうございます。