内山安雄のアジアンな日々

奨学金制度を主宰する職業作家、内山安雄の主戦場であるアジアの話題を中心に

放送作家

私は、放送作家としてTVのワイドショー、バラエティ番組やニュース番組に10年以上かかわっていました。

当初からまったく放送作家として適性がなかったようです。

放送台本を書くのが得意ではなかったということがあります、

が、それ以上に会議に次ぐ会議の連続になじめなかったのです。

すごい時には、民放のバラエティ番組の打ち合わせが、会議が一日に一回どころか、三回も集合時間を変えて朝昼晩とあるのです。

番組の立ち上げの時には、日に三度の会議が、一週間の間に四回とか五回もあるのです。

これには青年ウチヤマ、辛抱たまりません。

で、一時はTVドラマや映画の脚本を書いていたのですが、これも性に合わなかったのか、いつしか追い込まれて小説家の道へ。諸行無常。